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[C349] 暴言ですが

「それでは来年からは実験は人間でやりましょう」と勝手に考えてしまいました。 医学の進歩に動物実験がどのくらい役立ってるかも実は解らないのでなんとも言えませんが、過去の人体実験無しでは今の医学もないわけで、その背景にある者によって左右されるのかもしれません。(完全肯定とかではないですが)

研究はどんなに結果が出なくても犠牲があっても
するものであって、そこからその成果が何に使われるかはまた別の「何か」が動くんでしょうし。

「人体の不思議展」も時代が時代なら731部隊以上かもしれませんが。

  • 2007-09-18 (23:43)
  • 滝川クリスタル
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[C350] 731

>「それでは来年からは実験は人間でやりましょう」と勝手に考えてしまいました。(略)
あの答えに比べたらら暴言ではないな(^▽^笑)。

まぁ、何というか、そのぉ、幼児みたいな論理展開、...論理と言えないから詭弁と表現したわけでね。
無茶苦茶、無理矢理「悪」にしてしまおうなんて気はないのやろうが、答えとしてはトンデモってものですよ。
彼らにしたら大マジメなんだろうけど、
正直、私だったらこんな答えとても書けん、恥ずかしくってね。
#設問の答えと出されたら、追試だ
書くとしたら...止めとこw

根底に、研究は成果がなければならないと考えているのかも知れませんね。

命の研究は命に関わらざるを得ない。
だが、彼らの論理の先は命を弄るなになるんだな。
倫理というか、謂わば神の領域に踏み込む議論に関係してくるから、軽々に判じられんけど。
  • 2007-09-19 (12:56)
  • NEeDS
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命への暴力?

中学生向け科学セミナー マウス解剖中止
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyo/20070915/CK2007091502048940.html

 渋谷区教委が主催する中学生向けセミナーで、マウスの解剖を行うことについて、市民団体「動物実験廃止・全国ネットワーク」と「地球生物会議」(文京区)が中止するよう要望し、区教委は十四日、中止を決めた。
 (中略)
 十四日に再要望に訪れた会員ら六人に、田端清・児童育成担当副参事は「解剖学は否定しないが、庁内でもヒトに近いほ乳類のマウスを中学生に解剖させる是非に賛否両論が出ていた中で、要望もあったので、中止を決めた」と話した。今回のセミナーは骨格や筋肉に関する学習に変更。来年度も、マウスの解剖はしない方針という。


解剖の是非は私には分からない。
だが、中止を申し入れた「動物実験廃止・全国ネットワーク」Q&A には疑問がある。
有り体に言えば、詭弁としか見えない。
正当性、あるいは活動を理解してもらいたいなら、もっと説得力あるものが欲しい。


我々人間は命を喰らって生きている
だから命を大切には分かる。
しかし、
あなた方の言い回しは、そうだなぁ...あの悪法と言われた「生類憐れみの令」を思い浮かぶなぁ。
#そうだってんじゃぁないよ<念のため
#違うのは分かるし、主旨も理解している
#でもね...

例えば、
Q2 動物実験は人間の役に立っているのに、それを止めろなんて言えないのではないでしょうか?

(1)本当に「役に立って」いるのか?

「役に立つ」とは、誰にとって、どのような意味で役に立つのでしょうか?実際に動物実験を行っている研究者が「私は無意味で役にも立たない実験を行っている」と言うはずがありません。その人は、実験を職業とし、研究発表をし、地位を得ているからです。また、自分の研究がいかに有益であるかを主張し、政府や企業から助成金を受け取ってもいます。

 しばしば、動物実験は人間の安全性を守っているとか、難病の患者を治すのだとかいう大義名分が持ち出されてきますが、では具体的に、どの実験がどのような場面で、どのような人々を救っているのかということになると、直接的にはほとんど見えてきません。

 私たちの側からすれば、その実験は論文作成のため、臨床と結びつかない研究のための研究、科学的装いを凝らすためのデータ作り、としか見えないものがどんなに多いことでしょう。

 こう言うと、今度は「科学は真理を探求するもので、役に立つかどうかは関係ない」という反論が出てきます。けれども、もしそうならば、その研究費はすべて自費でまかなっていただきたい、莫大な税金を乱費してほしくはないと考えます。



正直、すんごい勝手な言い草と感じる。
確かにね、命の大切さは分かる。
だがこの言い回しでは「うん、そうだね」とは言ってはもらえんだろうね。説得力 0 だもの。
で、その言い草を前提に次のように攻めている。

(2)「役に立つ」なら何をしてもよいのか?

 どんなに実験研究が有益で「役に立っている」としても、人間としてやってはいけない行為というものがあります。動物実験は人体実験の代わりですから、動物よりは人間を使った方がずっと確かなデータが得られます。けれども、現在、ナチスや731部隊が行ったような人体実験がどんなに医学研究に有益であったとしても、人道的には決して許されません。痛みや苦しみを感受する動物についても同様です。

 特に、生命を取り扱う研究は、密室の中で行われるべきではありません。まず情報が市民に公開され論議され、研究と利害関係のない第三者機関や一般市民による監視が行われることが、必要不可欠です。

 このように、1.動物実験の是非について論じるための前提としての情報公開、2.また役に立つとしてもやってはいけない基準についての社会的論議、というものを、私たちは求めていきたいと思います。



研究ってそんな狭い考えでは何も生まれん。
無駄ってのはどうやって判断できんのや。
できる位のものならその研究は完成してるのも同然のものよ。

モノになるかどうかなんて誰が判断できるのや。
大概の研究は微かな手掛かりや閃きから始まっとるもんやないかぃ。

確かにね、何しても良いとは言わんし、議論は当然やが...
私は賛同できんよ、少なくともあなたには。
 
 
 
 
なお、記事中、「生類憐れみの令」は俗説を意味して悪法と記しています。
実際はどうもそうではなかったらしいとの説があります。

参考
http://ja.wikipedia.org/wiki/生類憐れみの令
 
 
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[C349] 暴言ですが

「それでは来年からは実験は人間でやりましょう」と勝手に考えてしまいました。 医学の進歩に動物実験がどのくらい役立ってるかも実は解らないのでなんとも言えませんが、過去の人体実験無しでは今の医学もないわけで、その背景にある者によって左右されるのかもしれません。(完全肯定とかではないですが)

研究はどんなに結果が出なくても犠牲があっても
するものであって、そこからその成果が何に使われるかはまた別の「何か」が動くんでしょうし。

「人体の不思議展」も時代が時代なら731部隊以上かもしれませんが。

  • 2007-09-18 (23:43)
  • 滝川クリスタル
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[C350] 731

>「それでは来年からは実験は人間でやりましょう」と勝手に考えてしまいました。(略)
あの答えに比べたらら暴言ではないな(^▽^笑)。

まぁ、何というか、そのぉ、幼児みたいな論理展開、...論理と言えないから詭弁と表現したわけでね。
無茶苦茶、無理矢理「悪」にしてしまおうなんて気はないのやろうが、答えとしてはトンデモってものですよ。
彼らにしたら大マジメなんだろうけど、
正直、私だったらこんな答えとても書けん、恥ずかしくってね。
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根底に、研究は成果がなければならないと考えているのかも知れませんね。

命の研究は命に関わらざるを得ない。
だが、彼らの論理の先は命を弄るなになるんだな。
倫理というか、謂わば神の領域に踏み込む議論に関係してくるから、軽々に判じられんけど。
  • 2007-09-19 (12:56)
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