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[C458] 1周年

2月9日で1周年とのことで、記事があるかと思ったらないんですね。
それはともあれ、おめでとうございます。
  • 2008-02-11 (14:06)
  • kikuko
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  • 編集

[C459] ありがとうございます。

>2月9日で1周年とのことで、記事があるかと思ったらないんですね。
うん、ないの。

実はね、「責任」について記事書こうと思ったのですが、推敲不足でUp出来なかった。
#現在も推敲中^^;
#他のは十分推敲されてんのかってのはオイトイテね

ゆるりと続けて参りますので、これからもよろしくお願いします。

ありがとう。
  • 2008-02-11 (17:02)
  • NEeDS
  • URL
  • 編集

[C462]

薬学より生物系(生物系より薬学・・・?)研究者(のたまご)的視点から言うと、現状(自己中心、自子中心な個人主義)の改善はありえないかと
簡単に述べると
妹が大学で動物の行動学をやりたいと言い出したので研究の合間に動物の行動学についてちょっと調べてみるとおもしろいことが判明
ある種のA(草食肉食の哺乳綱)が
生存しやすい環境(外敵が少ない、食糧豊富、など)になるほど、群れは小さく、群れ内での協力(子育て食糧分配etc)はあまりしなくなる傾向にあり、
生存しにくい環境(外敵が多い、食糧少ないetc)になるほど、群れは大きくなり群れ内での協力は活発になるそうです
動物が群れを作るのはデメリット(自分に不利益なるとしても群れに合わせて行動しなければならない)よりメリットがはるかに大きいから

これをヒトに当てはめるとまさに現状と一致
昔は天災が起これば村単位で復旧にあたらなければいけない、今ほど農耕技術が発達していないので食糧問題も、と大きな群れを維持しなければ自分の生存に大きく関わる
しかし、現在はそれらはすべて解消され、さらには貨幣の備蓄さえあれば群れ(属するのは社会というシステムまで)を作る必要性はまったくない
つまり、自己中心、自子中心になるのはヒトが動物であるから仕方ないことかと
群れに属する必要性がないのに我を抑えてまで群れに属するメリットはないのですし

ヒトは他の動物と大差ないというとたいていの人はヒトは動物とは違うと力説しだす人が多すぎて辟易
分子レベル(DNAの配列、タンパク質、etc)で違いがないのだからどう違うのかと・・・

解決策は法でがっちがっちに固めるぐらいしかないかと
徹夜明けなので文章の整合性と内容がところどころがおかしいのはご容赦を・・・
  • 2008-02-14 (10:55)
  • 研究者のたまご
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[C463] お陰様と言うこと

>ある種のA(草食肉食の哺乳綱)が
>(中略)
>を作る必要性はまったくない
はい、とても分かり易い。

>これをヒトに当てはめるとまさに現状と一致(略)
これが怖いですね。

実際は群れ(社会)に属している(どっぷり頼っている)ことを忘れてしまうってことなんでしょう。
昔なら、「お陰様で」と言う言葉があり、それは今でもその通りなんですがね。

>解決策は法でがっちがっちに固めるぐらいしかないかと
私は反対します。
#法の不備に関しては正さねばなりませんが

いくら厳しくしても改善することはありません。
むしろ、社会の活力を奪うものとなりましょう。
言われているのは法を以て説けということと思いますが、決まりを厳しくすることでコミュニティが良くなったという例を私は知りません。

ですので、
「私はある意味諦めている、そう言う大人の反省(再教育)得るのはムズやろうと」
と言うことでして、
「私は未来に期待」
は、なかなか手間の掛かることとは言え、ゆるりと改善する方法としてよりベターであろうと思うわけです。
よって、
私はその点(お陰様)の教育が不足している、世の中の関わりを説く必要を訴えているわけです。
すべての教科は関連している、世の理であり、社会との関連づけを以て教えよと。
「清濁併せ呑む、水清ければ不魚住と言ったことがどういうことか諭してこそ、大人と言える」
はそう言う意味を含んでもいます。

  • 2008-02-14 (20:22)
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自"子"中心主義

#パクリますた(タイトル)

赤い彗星が憂えている。
>「うーん。わかんないや。」
それね、「見守る」という言葉を示したいと思う。
放任ではない、良いことも悪いことも自ら気付かせる目的を持って諭す。
気付くタイミングを失った、後戻りできない、自分を見失ったと見たときに介入と。
そう、Edwow Mass の言わんとしてることはそゆことと思う。

そのタイミングは、
 子供の数だけある
ってのがムズなんでしょうね。

でも、介入でケガさせ、「自分は悪くない」は、明らかに常軌を逸している。

何かって、それはこちら。
【溶けゆく日本人】“自子中心”の保護者 不安が生み続ける連鎖
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/living/household/120498/

自分の子を中心にって別に問題ないと思う。
親なら自子中心。
ただね、親の責務として自子中心に「社会との関わりをシッカリ教える」と言うことでの話ね。
自己中心の子供が生まれるのはその責務を果たしていないためと。
と逆説(?)に考えると、
「『自子中心』の親が『自己中心』の子供を生む」
が納得できる。

 こうした学校に対する「いちゃもん」の根幹には、自分の子供のことしか考えず、ほかのことはどうでもいいという発想がある。小野田教授は、そんな考え方を「自己中心主義」ならぬ「自子中心主義」と呼んでいる。


エコノミックアニマルと揶揄された時代に育ち、権利と義務(責任)を家族という関係の中で学んでこなかった。
核家族とか言うモノで世代間の関わりを目にしてこなかった。
敗戦による価値観の崩壊が、すべてを間違いと捨ててしまった。
良きものはどこに行った。コミュニケートすべき社会はどこにあるのか。
...等々。

 小野田教授は言う。「今の世の中は、こぶしを振り上げやすくなっている。昔もこぶしを振り上げる人はいたが、一方で袖を引っ張ってくれる人もいたのだが…」


地域コミュニティが機能しなくなったと言うことか。

受け身でなく、ダイナミックに、コミットせよと私は訴えたい。
それは、

「まず、話し合おう」と提案している。トラブルは相手がSOSを発し、それをキャッチできた好機と考えれば、「話し合う」ことはできるはずだ。

に通じるように見えるが、そうではない。
#話し合い、議論できるなら見込みはあるが、たぶんその余裕を無くしていよう
#そんなものに対するのはかなりの余裕、度量を持たねばならぬ
#どれだけの者が出来ようか、出来ればいいなと期待はするが...

私はある意味諦めている、そう言う大人の反省(再教育)得るのはムズやろうと。
否、それでもその中の多くは自覚しているとは思っている。

私は未来に期待しているのや。
そう、子供たちに。

議論せよ、コミットせよ、まともな大人はいるのだからと。

社会に関われ、子供たちよ。

子供と言えど人格は同じであることを認識せよ、大人たちよ。
子供とバカにせず、素朴な疑問に応えてこそ、
清濁併せ呑む水清ければ不魚住と言ったことがどういうことか諭してこそ、大人と言える。
経験はそこに生かしてこそやから。



まともな大人は...などと言わねばならぬほど(社会は)政治の腐敗を招いている。
とは言え、
まだまだ希望はある。大いにある。あるよね...ねえ...頼むからあってくれぃ。


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4件のコメント

[C458] 1周年

2月9日で1周年とのことで、記事があるかと思ったらないんですね。
それはともあれ、おめでとうございます。
  • 2008-02-11 (14:06)
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[C459] ありがとうございます。

>2月9日で1周年とのことで、記事があるかと思ったらないんですね。
うん、ないの。

実はね、「責任」について記事書こうと思ったのですが、推敲不足でUp出来なかった。
#現在も推敲中^^;
#他のは十分推敲されてんのかってのはオイトイテね

ゆるりと続けて参りますので、これからもよろしくお願いします。

ありがとう。
  • 2008-02-11 (17:02)
  • NEeDS
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[C462]

薬学より生物系(生物系より薬学・・・?)研究者(のたまご)的視点から言うと、現状(自己中心、自子中心な個人主義)の改善はありえないかと
簡単に述べると
妹が大学で動物の行動学をやりたいと言い出したので研究の合間に動物の行動学についてちょっと調べてみるとおもしろいことが判明
ある種のA(草食肉食の哺乳綱)が
生存しやすい環境(外敵が少ない、食糧豊富、など)になるほど、群れは小さく、群れ内での協力(子育て食糧分配etc)はあまりしなくなる傾向にあり、
生存しにくい環境(外敵が多い、食糧少ないetc)になるほど、群れは大きくなり群れ内での協力は活発になるそうです
動物が群れを作るのはデメリット(自分に不利益なるとしても群れに合わせて行動しなければならない)よりメリットがはるかに大きいから

これをヒトに当てはめるとまさに現状と一致
昔は天災が起これば村単位で復旧にあたらなければいけない、今ほど農耕技術が発達していないので食糧問題も、と大きな群れを維持しなければ自分の生存に大きく関わる
しかし、現在はそれらはすべて解消され、さらには貨幣の備蓄さえあれば群れ(属するのは社会というシステムまで)を作る必要性はまったくない
つまり、自己中心、自子中心になるのはヒトが動物であるから仕方ないことかと
群れに属する必要性がないのに我を抑えてまで群れに属するメリットはないのですし

ヒトは他の動物と大差ないというとたいていの人はヒトは動物とは違うと力説しだす人が多すぎて辟易
分子レベル(DNAの配列、タンパク質、etc)で違いがないのだからどう違うのかと・・・

解決策は法でがっちがっちに固めるぐらいしかないかと
徹夜明けなので文章の整合性と内容がところどころがおかしいのはご容赦を・・・
  • 2008-02-14 (10:55)
  • 研究者のたまご
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[C463] お陰様と言うこと

>ある種のA(草食肉食の哺乳綱)が
>(中略)
>を作る必要性はまったくない
はい、とても分かり易い。

>これをヒトに当てはめるとまさに現状と一致(略)
これが怖いですね。

実際は群れ(社会)に属している(どっぷり頼っている)ことを忘れてしまうってことなんでしょう。
昔なら、「お陰様で」と言う言葉があり、それは今でもその通りなんですがね。

>解決策は法でがっちがっちに固めるぐらいしかないかと
私は反対します。
#法の不備に関しては正さねばなりませんが

いくら厳しくしても改善することはありません。
むしろ、社会の活力を奪うものとなりましょう。
言われているのは法を以て説けということと思いますが、決まりを厳しくすることでコミュニティが良くなったという例を私は知りません。

ですので、
「私はある意味諦めている、そう言う大人の反省(再教育)得るのはムズやろうと」
と言うことでして、
「私は未来に期待」
は、なかなか手間の掛かることとは言え、ゆるりと改善する方法としてよりベターであろうと思うわけです。
よって、
私はその点(お陰様)の教育が不足している、世の中の関わりを説く必要を訴えているわけです。
すべての教科は関連している、世の理であり、社会との関連づけを以て教えよと。
「清濁併せ呑む、水清ければ不魚住と言ったことがどういうことか諭してこそ、大人と言える」
はそう言う意味を含んでもいます。

  • 2008-02-14 (20:22)
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