赤ちゃんポスト設置、熊本市が許可
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/news/kyousei_news/20070406ik06.htmう〜ん...基本的には反対...どう考えても無責任としか思えない、親として。
たとえ、何らかの理由で育てることできないとしても、
直接相談することができない理由が私には分からない。
#誰か正当な理由が考えられるなら教えて欲しい
保護責任者遺棄罪に該当しないと言うが、そうだとするなら
無責任の場を用意しているだけではないのだろうか。
赤ちゃんを護るためなのは分かるが...なんか違うんでないの。
追記(4/8 10:22)
ゆりかごに関して賛成する方々はいるわけだが、その根拠というか反対者に対する説得理由に、
命を救う
を挙げておられます。
記事にも、コメントにも書きましたが、その点(救うこと)に関して異議はありません。
でも、そのやり方に問題ありとしているのです。
他に手段があるにもかかわらず、遺棄することは無責任である
と訴えているのです、手段はないのですかと。
たとえ、国の施策に不備あろうと人々の善意にすがる、
「助けて」 と言えないのですか
と。
ポイと捨てて、お任せではあまりにも身勝手ではありませんか。
結果が同じ(他の方に育てて貰う)になるとしてもです、「助けて下さい」と言えないのですか。
いいですか。
赤の他人に、あなたが育てる義務のある、あなたの子を託すのですよ。
義務であるのに果たせないなら、キチンとその手続きを社会に認めさせなければいけないのです。
社会が代わって行うのは、子は親の宝であると同時に国の宝であるからに他ならないのです。
子を育てるのは重い責任です。
自分にそれができない故にキチンとその責任を社会に託す、それも大事な責任の果たし方です。
ゆりかごは、それさえ放棄している/させているのです。
命の大切さ故にその責任に目をつむる。
それは他の手段がない本当になければの話です。
ないと私は思いません。
人々の善意は冷たいものでしょうか。
もしそう感じるとすれば、それはあなた自身が辛いということです。
あなたが苦しいと言うことだけです。
あなたの都合でしかありません。
それには耐えなければいけません、子を育てる重い責任の前では。
厳しく、あなたがどれだけ責められようと、小さな命に罪はないのは明らかなのです。
子のために「助けて」と叫ばねばいけません。
それはあなたが果たさねばならない義務なのです。
助けとと叫ぶことができない正当な理由があって始めてゆりかごを私は認めます。
ですが、その正当な理由が私には見つかりません。
- http://helloneeds.blog90.fc2.com/tb.php/28-b322bf1a
0件のトラックバック
>直接相談することができない理由
それはいくらもケースが考えられますがそのいずれもが正当化できるものではないでしょう。
それでも私は救われる命の方を優先したいと考えます。
#一歩間違えばゆりかご行きだったはずのももんがの意見です