死ねば仏という死生観、
国民性として、秩序、和を重んじるムラ社会、恥を知るというものもあろう。
が、それらが誤った認識によると考えるのだが、
秩序、和を重んじることが往々にして
権力に従順となる。
恥を知ることが、他者の
評価を気にするものに陥りやすい。
間違うことを恐れたり、時に異議を挟むことにも慎重になり過ぎるきらいがある。
他者のミスに
寛容という言葉を忘れるのかも知れん。
未だに切腹の意識が残っているのかな、勿論本当に切腹ではないが
ミスすることを恥と誤認するものが多い。
大体、間違わない者が居るのかと、間違うことも自然なことなんでないのと私は思う。
ムラ社会というのに
全体責任意識もあるかな。
で、迷惑をかけては申し訳ないっていうやつね。
是々非々という論理的思考力に欠け、 義理人情を好むといったことにも現れる。
不言実行なんてのが尊ばれたりね。
それらは美徳とされるのだけど...過ぎれば、
何考えてるのか分からない、不気味なやつと思われたり、
慎重になりすぎて言いたいことも言えなくなってしまうってことになる。
それだけにいじめやゆとり教育に関して、議論することを教えよと私は説くのだが。
上記の国民性が色濃く、教える方にも無理なところがある。
最近、私はマナー説く方に異議を出したが、反論にそれらの兆候が色濃く出ている。
#と、ここまで前振り
私はね。
靖国参拝には反対ではないのよ、政治的判断としては反対するけど。
つまりね、
それは日本の文化、日本人として自然のことで他国にどうこう言われるものでないと考えるからなんだけど...他国には歴史認識に於いてコンセンサスが取られていない現状では理解され難いという意味。
で、そのコンセンサスというかリサーチを国としてしなければイカンと私は訴えている。
それを未来のために子に教えねばイカンと。
具体的には歴史教科書問題あるいは教科書検定問題としてしばしば指摘されるのだが、
その時言われるのが「歴史が確定していない」。
そうじゃなくて、
確定を待っていて知らせないでは先に書いたように他国との関係に齟齬をきたす。
過去を知らないでは今をも築けない。#相手の言うことが正しいかどうかも分からない
他国は日本に対してどう言っている、日本は何をしているなど教えなさい/生徒間で議論させなさいと私は訴えているのよ。
国旗/国歌の問題も同根、
それら生徒には隠して建前だけ教えるのでは...普通、あやしい、いやらしいものと感じるもんじゃないかい。
道徳教育がどうのなんて、ますますいやらしく映るかも知れんよ、真実隠していては。#ただでさえ、政治家がウソついてんだし、ウソでなければ詭弁だね
#少なくともそう見えんのはねぇ...
議論させない/磨かないのでは未来は暗澹たるものよ。
世界はますます狭くなっとるのだから。
だからね、
>
「パンドラの箱」と化したそれをあける勇気は今の国の中心をつかさどる方々には無いと見てますそうではないと思う(ただ、歴史家に丸投げ)のだが、もしそうであるならとんでもない失政と思うわけ。
各国のトップ同士ではたぶん承知の上(政治事情)と私は見ているが、
外交として迎合のきらい、教育行政としては失政と感じるのよね。
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